傀儡の恋
26
「キラ!」
ここに姿を現すのは、てっきりマルキオだとばかり思っていた。
「来てたんだ、アスラン」
だが、姿を現したのはかつての部下だった。
「たまたまね」
笑みとともに彼はそう告げる。
「それより大丈夫か? 顔色があまりよくないが」
アスランはかすかに眉根を寄せるとそう問いかけた。
「緊張しているせいかな?」
言葉とともにキラが視線をこちらへと向けてくる。
「でも、アスランが来たなら、僕は戻ってもいい?」
流石に疲れた、と小さな声で付け加えた。
「そうだな。そうした方がいい。だが、一人で帰れるのか?」
「大丈夫だよ。そこまで体力は落ちてない」
キラの言葉が聞こえてきた瞬間、ラウはかすかに表情を曇らせる。
キラがそのような状況になったのは間違いなく自分のせいだろう。
それはそれで嬉しいと考えてしまう自分はやはり壊れているのではないか。
しかし、だ。
それよりも問題は自分の相手をするのが《アスラン・ザラ》だと言うことだろう。気を付けなければ正体を探られることになる。心して演技をしなければいけない。
「わかった。先に戻っていてくれ」
アスランの言葉にキラは小さく頷く。そしてゆっくりと立ち上がった。
遠ざかっていく彼の背中を確認してアスランが振り向く。
「それで、どうしてここに来たのか。他にも島はあっただろう?」
厳しい視線はかつてのパトリック・ザラを思い起こさせる。やはり彼らは親子なのだ。そう思いながら口を開く。
「エンジンの不調です。無理をすれば他の島に行けたかもしれません。ですが、行けなかった可能性もある」
そして、とラウは続けた。
「天気図を見れば、近くに低気圧が発生しています。万が一のことを考えれば危険を冒したくなかった。それだけです」
この言葉にアスランは考えるような表情を作った。そのままラウ達のボートを値踏みする。
これは決して大きくない。近海を航行するに十分だが、遠洋に出てしまえば自力で戻ることは難しい。まして、エンジンが不調を訴えていれば漂流するのは確実だろう。
もちろん、それがわかっていての偽装だ。
故障も些細なものだが技術者でなければ直せない場所である。ただの学生という立場の自分達であれば手出しできないと判断されるはずだ。
「……どこが原因か、わかっているのか?」
「おそらくプラグあたりだと思うのですが……残念ながら、ばらさないと直せません」
そうでなければ自力で何とかしている。言外にそう続けた。
「そうか」
流石にエンジンを分解するとなれば専門の器具がいると判断したのだろう。彼は複雑な表情を作る。
「大学の方には連絡を取ってあります。天候が回復次第、迎えが来ると思いますが……」
「ここは個人所有だ。そして、大きな輸送艇は着陸できない」
言外に『部外者は立ち入らせたくない』と告げているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「仕方がない。マードックさんを呼び出すか」
彼ならば修理できるだろう。アスランはそう呟く。
「そのままそこで停泊することは許可できる。しかし、上陸は我慢して欲しい。ここには孤児院があるからな」
「それはわかっています。ただ、飲み水が不足しています」
食料は何とかなるが、と言い返す。
「それは後で運んでくる」
誰がと聞かなくても想像がつく。
「それで十分です」
これで安全が確保できる。そう言い返す。
「……ならば、俺は一度戻る。水はすぐに持ってこよう」
これ以上話すことはないと判断したのか。アスランはさっさときびすを返す。そして、そのまま歩き出した。
あるいは、先に行ったキラが心配だったのか。
「どちらにしろ詰めが甘いよ、アスラン」
ラウはそう呟くとラウンジにいるソウキスへと視線を向ける。そうすれば、彼は心得たというようにうなずき返す。
後は夜を待つだけだ。
そう思いながらラウは甲板へと直接、腰を下ろす。
「……君が幸せであって欲しいと思っていたのも事実なのだがね」
そのまま空を見上げると、こう呟いた。